KISA2隊埼玉・東入間の活動について
KISA2隊とは
私は「KISA2隊」の隊員として「KISA2隊埼玉・東入間」隊長として活動しています。
KISA2隊は「きさつたい」と読みます。アニメの鬼滅の刃からとった名前です。(許可は頂いているそうです)
KISA2隊埼玉・東入間は2022年に結成されました。当時、デルタ株のコロナウイルスが流行し、重症患者さんも入院できない状態となっていました。入院できなければ自宅療養で頑張るしかありません。その患者さんたちを支えるため地域の医師、訪問看護師、福祉用具の人たちと連携し往診チームを作る構想を考えました。そのときすでに京都大阪を中心に活発にコロナ往診を展開していたのがKISA2隊のみなさんでした。東入間地域で往診チームを作るため、KISA2隊大阪の奥知久先生に私が弟子入りし、ノウハウを持ち帰りました。そしてコロナ往診の体制が整い、「KISA2隊東入間」と名乗り、活動を開始しました。我々が往診チームを作る前は富士見在宅クリニックの鈴木純一先生が精力的にコロナ患者さんの往診をされていましたが、不幸な事件のために彼を失ったこともこの体制作りのきっかけの一つでした。
KISA2隊東入間は京都大阪のKISA2隊と定期的なオンラインミーティングを行い、連携を深めて参りました。また、KISA2隊の活動に賛同する全国の仲間たちが参加し、全国組織となりました。
(2024年に熊本の八千代座で行ったKISA2隊の全国集会)
コロナ後のKISA2隊
コロナもオミクロン株に変異し、重症化することが少なくなり、コロナ往診のニーズもなくなりました。KISA2隊の活動は防災へとうつっていきました。
能登半島地震で活動
その矢先、能登半島地震が起きました。KISA2隊は医療介護の多職種チームという異色の団体でしたが、能登の穴水町の支援に関わるようになりました。私も2月中旬に支援活動に参加しました。私の時は理学療法士、看護師、介護士、ケアマネジャーの方達と一緒のチームで参加しました。特に震災から1か月以上経っており、必要なのは医療よりも生活支援、復興になっていました。私たちが医師だけ、あるいは理学療法士だけ、といったチームではなく多職種のチームだったことの意義を大いに感じました。当時高齢者施設には多くの高齢者が定員オーバーの状態で入所していました。そこでも活動したわけですが、施設の職員の方達はもちろんご自身も被災されています。それでも入所者たちのために頑張っていらしたわけですがどうしても人手が足りなくなります。私たちのチームは、リハビリの必要な方たちには理学療法士が、褥創の処置が必要な方には看護師が、自衛隊の設営した風呂まで連れて行って入浴の介助をするのには介護士が、罹災証明書の作成のお手伝いはケアマネジャーが、入所中の癌終末期の方には医師の私が、というようにどのようなニーズにも応えられるチームでした。そして、地域のケアマネジャーは、自身も被災していながらも施設に入っている方たちをなんとかお風呂に入れてあげたいと奔走していました。現地には地下水が引いてある施設がありました。でもお湯は沸かせません。そこに入浴サービスの専門業者であるKISA2隊隊員が訪問入浴車を運び込み、入浴の準備を整えました。その施設の入所者はもちろん、1か月以上風呂に入れなかった他の施設の入所者の方達を車で移動させ、入浴してもらうという活動を行うこともできました。
KISA2隊埼玉・東入間の活動
このような経験もあり、KISA2隊東入間にはさらに多くの職種の方たちに入ってもらいました。ケアマネジャー、薬剤師、理学療法士など様々な職種のメンバーが集まっています。そして、名称も全国のメンバーたちにわかるように「KISA2隊埼玉・東入間」としました。
現在は、地域のイベントで防災啓発活動を行っています。お祭りなどでブースを作り、防災クイズを行ったり、非常食の試食を提供したりして防災の大切さをアピールしています。
また、KISA2隊埼玉・東入間には防災士の資格もお持ちのソプラノ歌手芦沢安寿さん、小西佑里香さんも加わって活動しています。
災害を乗り越え復興に向かって心を動かすには医療だけでも、介護の力があっても足りないと思うのです。芸術や音楽の力も必要だと思います。KISA2隊埼玉・東入間は「医療・介護・芸術で人を支える」、をコンセプトに活動しています。
(ふじみ野市防災フェア2026を終えて)
2026年7月26日